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                 若手研究者の研究会等支援事業


 この事業は、東洋学・アジア研究に従事する若手研究者の企画する研究会・講演会・シンポジウム等 (以下、研究会等という) の開催を促進し、斯学の発展・普及に資することを目的とし、その開催経費の一部を助成するものです。

 *平成27〈2015〉年度開催分の募集を行っています。締め切りは12月末日(消印有効)です。ご応募お待ちしております。
  採否の結果は、来年2月中にお知らせします。


 実 施 要 項


1.内容・募集
 ・次年度(4月1日から翌年3月末日)に開催する研究会等の開催経費の一部として、1件5万円、年間10件を限度とする支援を行う。
 ・募集は、ホームページおよび 『東方学会報』 誌上において行う。
 ・採用にあたっては、学際的な企画を優先する。
 ・採用された企画に限り、東方学会会議室 (スクール形式で最大30名) を無償で使用することができる。

2.資格・条件
 ・申請者は、東方学会会員で申請書提出時に45歳未満であること。 ・同一申請者の申請は、1年1企画に限る。
 ・研究会等の参加者が5名以上で、複数の機関の研究者で構成されていること。
 ・研究会等の終了後1カ月以内に報告書を提出すること (800字以内、『東方学会報』に収載する)。

3.申請・審査
 ・次年度開催予定の研究会等の内容 (1. 会議の名称、2. 趣旨、3. 開催日時、4. 会場、5.参加予定者 〔所属も明記すること、多数の場合は5名程度〕、6. 他の機関からの助成金等の有無〔助成金の有無は採否には関係しない〕、7.経費の概算 〔会場費、交通費、資料代、飲食費等の項目を計上すること〕) を、A4用紙1枚以内にまとめ12月末日まで (消印有効) に事務局に提出すること (Eメール可)。
 ・審査は、2月開催の理事会において行い、2月中に採否を通知する。採用された企画には研究会等の開催後1カ月以内に報告書の提出を待って申請者の指定する銀行口座に振り込む。
 ・採用決定後、予定していた研究会等が中止あるいは申請内容に変更が生じた場合は、速やかに事務局に連絡すること。



 開催報告書 (開催順)

〔平成26年度〕
1. 国際シンポジウム「姓名とエスニシティ―東アジアの中の多様性」開催報告書(松岡格)
  二〇一四年七月十九日(土)の十三時から、獨協大学にて、本事業の支援のもと、国際シンポジウム「姓名とエスニシティ―東アジアの中の多様性」が開催された。今回のこの場は、これまでの登壇者それぞれの研究(特に松岡の科研研究)やエスニック・マイノリティ研究会で行ってきた議論をふまえ、「姓名とエスニシティ」という新しいテーマに挑戦したものである。 開幕の挨拶、主旨説明の後、第一部の冒頭では、羅慶春(アク・ウウ)により、中国少数民族、彝族母語による新作詩『ツォチ・ズゥチ』の内容が、作者自身による吟唱の形で発表された。二十三の名前でつなげられたこの連続詩は、世界に先がけて日本で公開されたものである。続けて楢木貴美子・川上裕子により、アイヌ民族と姓名についての報告、曾有欽による台湾の先住民「パイワン族首長家の姓名と口承文芸」についての報告、小島敬裕による「中国・ミャンマー国境地域におけるタイ族の宗教と姓名」に関する報告が行われた。いずれも東アジアの名付けをめぐる歴史とその多様な伝統の形をよく示す、興味深い内容であった。 第二部では、以上の内容を受けてパネリストからコメントがなされた。飯島一彦からは日本の事例をもとに、香坂直樹からは東ヨーロッパの事例をもとに、佐藤勘治からはスペイン語圏の事例をもとに、茂木敏夫からは中国語圏の歴史的事例をもとにコメントがなされた。また沈元燮からは羅慶春による新作詩についてのコメントと質問がなされた。第一部で扱われた名付けのあり方とこれらの地域とのそれとの共通点や差異が浮かび上がるとともに、姓名とエスニシティというテーマの予想以上の深さを示唆することとなった。 そして岡村圭子の司会による総合討論では会場から寄せられた質問、およびパネリストからの質問を受けて第一部登壇者からの応答がなされた。

2. 「2014年度京都大学南京大学社会学人類学次世代ワークショップ」開催報告書 (福谷彬)
 2014年8月13日から14日にかけて、京都大学文学部にて、本事業の支援のもと、「京都大学南京大学社会学人類学若手ワークショップ」を開催した。本研究集会は、若手の日中の人文社会科学研究者の交流を目的とし、日本語と中国語によるマルチリンガル方式を採用して、社会学・人類学・地理学・哲学などの分野の研究者が参加し、国際的かつ学際的であることを目指した。二日間にわたるワークショップは七部構成で、各部の終了毎にフロアとの質疑応答を行った。また各発表にはコメンテーターがつき、コメンテーター自身も「研究紹介」を行った。開会の辞を石川禎浩先生、閉会の辞を落合恵美子先生より賜った。第一日目には、傅琦「『創造』乱象 交錯する社会ロジック視角下の計画発展」、 阿部友香「東北農村における奉公移動の考察」、巫靚 「戦後日本をめぐる台湾籍者の移動」、 苗国「高齢化の青年層に対する対立」、羅太順「日本と中国におけるヴェーバー受容の問題性」、賈志科「『一人っ子夫婦』の二人目出産意思とその関係因子」、林子博「道徳の標準を求めて―明治日本の道徳教育」の研究発表を行った。また、坂梨健太、中山大将、福谷彬、姜海日、山口早苗が研究紹介を行った。二日目は、葉青「現代中国青年の親密関係の『スーパーマーケット化』」、王柳蘭「タイ華人社会と中国ムスリムネットワーク」、陳勇「エリートの制度的交替と階級対立意識」、今中崇文「揺れ動くエスニック・アイデンティティ―『回族』と『回民』の間で」の研究発表を行った。また櫻田涼子、平井芽阿里、矢内真理子が研究紹介を行った。質疑応答では忌憚のない議論が行われた。平田昌司先生には全般に渉りお世話になり、厚く感謝の意を申し上げる次第である。なお発表の成果については、原稿の修正が終わり次第出版する予定である。

3.「中観派ワークショップ2014「チャンドラキールティの思想再考」」活動報告(赤羽律)
 2014年9月12日(金)から14日(日)までの3日間、京都大学文学部にて「中観派ワークショップ2014「チャンドラキールティの思想再考」」を開催した。本ワークショップは、インド仏教中観派の思想研究に携わる若手研究者の相互交流の場として昨年開催された第1回に続くものである。今回は、近年新たな研究成果が数多く提出されている中観派の学僧チャンドラキールティ(ca. 7c)の思想を再考する目的で開催された。参加者は桂紹隆・斎藤明、両教授の他、修士課程の学生を含む若手研究者を中心に総勢17名に及んだ(含部分参加)。<概要>初日:趣旨説明・参加者の自己紹介と近況研究報告・チャンドラキールティ研究現状報告(赤羽律)・研究発表(斎藤明)。二日目:(午前)研究発表(古角武睦・横山剛)、(午後)チャンドラキールティ『入中論』第6章第22偈以降の輪読。最終日:(午前)研究発表(赤羽律・宮崎泉)、(午後)輪読の続き・次回ワークショップ打ち合わせ。<詳細>初日冒頭で報告されたチャンドラキールティの国際的研究状況を踏まえ、上記5名の研究発表と参加者全員による輪読を行い、チャンドラキールティの思想を多角的に考察した。研究発表では、質疑応答が白熱し、チャンドラキールティの思想の検討はもとより、中観思想全般に至るまで、年齢・立場を超えた自由闊達な議論が行われた。一方、輪読では、最新の研究成果である『入中論偈』のサンスクリット原典と『入中論』のチベット語訳校定テキストを用いて、二諦説を論じる箇所を扱った。加納和雄から『入中論偈』の一部訂正が示唆されるなど、新たな知見が数多く示された。また、これまでの現代語訳に対しても修正が行われ、近い将来予定されている『入中論』注釈部分のサンスクリット原典の出版を前に、一部ではあるが問題点の洗い出しが行われ、研究者間で共有できたことは大きな成果となった。

4.東アジア儀礼文化研究会シンポジウム開催報告書(稲田奈津子)
  2014年12月13日(土)午前10時から午後6時まで、東京大学史料編纂所大会議室において、東アジア儀礼文化研究会シンポジウム「東アジア儀礼文化の実相と展開―「大唐元陵儀注」の可能性―」を開催した。1998年に組織した同研究会は、中国唐代皇帝の喪葬儀礼の実態に迫る史料「大唐元陵儀注」の訳注作業を中心に活動を継続し、2013年2月に訳注書『大唐元陵儀注新釈』(汲古書院)を刊行した。今回のシンポジウムは、本書刊行の総括と発展的活用を企図したものである。第Ⅰ部「『大唐元陵儀注新釈』をふりかえる」では、遠藤慶太氏が「『大唐元陵儀注新釈』の批判報告」として、本書編集方針の揺れなど多角的で鋭い指摘をおこなった。ついで内田宏美氏は「「大唐元陵儀注」と考古資料―「明器」の分析を中心として―」と題し、儀注記録と実際の遺物との具体的な比較研究をおこなった。第Ⅱ部「「大唐元陵儀注」の新たな可能性」では、まず小倉久美子氏が「日本史学における「大唐元陵儀注」の活用と展望」として、この間の研究の進展状況と今後の課題について明快に整理した。ついで榊佳子氏は「宗廟の廟室配置と昭穆の問題―「大唐元陵儀注」祔廟補考―」と題し、唐代を中心とした太廟神主の配置の変遷とその意義を詳細に分析した。最後に稲田奈津子「喪葬儀礼と文字資料―「大唐元陵儀注」を中心に―」は、儀注の入棺儀式の記述を手がかりに出土文字資料との関連を論じた。いずれも力の入った報告で、議論も大いに盛り上がり、当初の予定を1時間超過しての終了となった。今回のシンポジウムでは、子育て世代の研究復帰を支援するために子連れでの参加を奨励し、実際に参加を得ることができた。会場設営やプログラムに若干の工夫をしただけで、会の運営には全く支障が無かったばかりか、なごやかな雰囲気の中で議論もより深められたことを付言しておきたい。

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〔平成25年度〕
1. ワークショップ「多様な境界線とマイノリティ―中国語圏の事例の検証」(申請者:松岡格)
 開催報告(『東方学会報』No.105)
 2103年7月20日(土)の13時から、東方学会会議室にて、本事業の支援のもと、ワークショップ 「多様な境界線とマイノリティ―中国語圏の事例の検証」が開催された。今回のこの場は、これまでエスニック・マイノリティ研究会で行ってきたワークショップや研究会で議論されてきたことをふまえ、再度中国語圏の事例を通して具体的に検証するという主旨で設定された。 ワークショップ第一セッションでは、持田洋平「華人社会内部の境界とその統合―シンガポール総商会の創設と活動を中心に」、土肥歩「一九一〇年代における嶺南大学の募金活動についての考察―南洋における『境界』と『キリスト教』を中心に」の二本の研究報告が行われ、これに対して辻河典子氏、浜田華練氏から論評と質問がなされた。持田報告ではシンガポール華人社会の統合と多種の公益実現との関係、土肥報告ではキリスト教会と華南地域社会との多様な関係性が論点となった。 第二セッションでは、山﨑典子「近代中国における『漢人回教徒』説の展開―『民族』を志向しなかったムスリム・エリートたち」、小島敬裕「中国・ミャンマー国境の地域社会と徳宏タイ族の仏教実践」の二本の研究報告が行われ、これに対して遠藤嘉広氏、宇田川彩氏から論評と質問がなされた。山﨑報告では回族を民族としてとらえるかどうかをめぐるムスリム内部の議論が丹念に提示され、小島報告では中国雲南省徳宏州の仏教実践をめぐる人の移動と、それに関わるポリティクスが紹介された。 以上どちらのセッションでも、フロアからも多くの意見が出され、充実した議論が行われた。 また最後に、香坂直樹「中央集権国家と国内境界―戦間期チェコスロバキアの事例」の研究報告がなされ、これに対して角田延之氏から論評と質問がなされた。またフロアからの質問をまじえて、今後の活動についての活発な意見交換が行われた。

2.「嘉慶朝研究会」活動報告 (申請者:新居洋子)(『東方学会報』No.106)
  本研究会は、『嘉慶道光両朝上諭檔』収載の嘉慶朝漢文上諭檔の訳註作成を目的として、2012年3月に結成された。目下、嘉慶帝が親政を開始した嘉慶4年の上諭檔に取り組んでおり、メンバーが交代で訳注作成を担当し、毎月一回の会合で検討を重ねている。本研究会では、各メンバーの専門に近い檔案を割り振ったり、特定の案件に関わる檔案のみを取り上げたりするのではなく、時間軸に沿って全檔案に訳注を付す形をとっている。また並行して『仁宗睿皇帝(嘉慶)実録』も読み進め、上諭檔との比較を行っている。 今回助成を受けたのは、6月13日(木)と12月19日(木)に開催した会である。参加者は相原佳之、陳永福、豊岡康史、村上正和、および申請者である。この二回は半年毎の節目にあたるため、まず通常どおり各担当分の訳注の発表と検討を行った後、既に作成した訳注全体を整理しながら議論を行った。嘉慶帝は、乾隆帝の治世からの負の遺産ともいうべき様々な問題に対処するため、「維新」の名の下に様々な政治改革を精力的に行っている。この間の政治変動の過程を詳細に追うことで、康雍乾の「盛世」に対する「衰退」の如き図式化に当てはまらない嘉慶朝像が浮かび上がりつつある。変動の中身を具体的に挙げると、政治運営の中枢における人事の動きや、関税に代表される中間搾取の抑制を目的とした支出収入項目の縮小、そして玉や人参等の専売商品の取り扱いの変化、などである。
   今回の助成金は、資料複写費や参加者の交通費などに使わせていただいた。この場を借りて感謝申し上げる。

3. 「君臣関係の“公と私”─側近集団の位置付けをめぐって─」研究会報告 (申請者:齊藤 茂雄)(『東方学会報』No.106)
 本会は、中国史・日本史・内陸アジア史などの若手研究者が集まってそれぞれの研究テーマについて意見を述べあい、研究の幅を広げると同時に若手同士の交流をはかるために催された。そのテーマとして、それぞれの地域・時代における側近集団を取り上げた。というのも、側近集団はあらゆる政治集団に通時的に見られる存在であるため、様々な時代・地域における姿をそれぞれの専門研究者が提示することにより、私的な人間関係が公的な国家組織に変化していく過程を検討する材料となるからである。  本会は、二〇一四年三月八日に早稲田大学で開催され、三二名が参加した。まず、齊藤茂雄(大阪大学・研究員)が「側近集団とはなにか─比較史の視点から─」で趣旨説明を兼ねて内陸アジア遊牧民の側近集団について報告した。続いて渡邉将智(大東文化大学・非常勤)が「漢王朝の側近官とその展開─後漢のブレーントラストを中心に─」で、後漢における側近官の役割と漢王朝における側近官の変遷について報告し、報告後には植松慎悟(九州大学・研究員)がコメンテーターとなった。次に、林美希(早稲田大学・助手)が「唐代北衙禁軍の特質と歴史的位置づけ」で、唐の皇帝近衛兵である北衙禁軍の特質とその変遷について論じ、石野智大(明治大学・助手)がコメンテーターとなった。そして、十川陽一(慶應義塾大学・非常勤)は「日本古代における側近と律令国家」で、日本古代史において側近と考えられる存在の抽出と性格付けを、天皇家産との関わりから行い、吉永匡史(工学院大学・非常勤)がコメンテーターとなった。  さらに、会の最後には報告者とコメンテーター全員による総合討論が行われた。フロアからの発言も活発にあり、同年代の集まりということもあって忌憚のない意見が交わされた。今後、本会によって得られた知見と人間関係が、問題意識の共有や協力関係の構築に大いに役立つであろうと期待される。

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〔平成24年度〕
1. ワークショップ「中国語圏のエスニック・マイノリティ―近現代における社会変化の諸相」(申請者:松岡格)
   活動報告(『東方学会報』No.103)
  2012年7月21日(土)の14時から、東方学会会議室にて、本事業の支援のもと、ワークショップ「中国語圏のエスニック・マイノリティ―近現代における社会変化の諸相」が開催された。エスニック・マイノリティ研究会の主催するワークショップとしては、第2回に当たる。同研究会は「エスニック・マイノリティ」とは何なのか、学術的に議論していく場として2010年11月に創立され、書評会、研究報告、講演会などの活動を行ってきた。 ワークショップ第1セッションでは、児倉徳和「言語から見る『シベ語と漢語』の変容」、バートル「モンゴル族の口承文芸についての考察―語りの現代的実践」、林麗英「台湾原住民族意識と文化志向性の接合点―アワ栽培の復興プロジェクトを中心に」、松岡格「ジンポー族の20世紀―首長制社会とその再編」など四本の研究報告が行われ、これに対して辻河典子氏、土肥歩氏から論評と質問がなされた。 第2セッションでは、小林亮介「『ロパ族』・『モンパ族』と近現代―中国・チベット・インドの狭間で」、山﨑典子「近代中国におけるイスラームと『民族』概念―ユーラシア地域研究からの一試論」、持田洋平「マジョリティとマイノリティの間で―華人からみるシンガポール、東南アジア」など三本の研究報告が行われ、これに対して遠藤嘉広氏、香坂直樹氏から論評と質問がなされた。 どちらのセッションでも、フロアからも多くの意見が出され、充実した議論が行われた。今回、中国語圏におけるマイノリティに関して様々な角度から問題提起が行われたが、特に報告者各自が示す具体事例から、国家・地域・言語・民族に関わる認識の境界線が多様なアクターによって設定・再設定されていること、そうした境界線をめぐる権力関係も重層的なものとして存在していること、マジョリティとマイノリティの間の境界線も操作可能であること、などが指摘・認識されたことが重要な成果である。

2.「.第3回若手チベット学研究者国際会議」(申請者:岩尾一史)
   活動報告(『東方学会報』No.103)
  2012年9月3日から7日までの5日間、神戸市外国語大学にて第3回若手チベット学研究者国際会議(The Third International Seminar of Young Tibetologists、以下ISYT)が開催された。ISYTは博士論文提出後ないしは研究職に就いてから6年以内の「若手」研究者のための学会である。国際チベット学会(International Association of Tibetan Studies)が大規模化するのに伴い、若手に発表の機会を与えるという使命の下に創設され、2007年にロンドンで第1回、2010年にパリで第2回、そして神戸で第3回会議が開催されることになった。今回の会議では、岩尾一史(神戸市外国語大学)、熊谷誠慈(京都女子大学)、西田愛(神戸市外国語大学)、山本明志(大阪大学)の4人が組織委員となって準備にあたり、そのうち岩尾が代表を務めた。会議参加者数は前2回と比較して大幅に増え、口頭・ポスター発表者を合わせて73人で、オブザーバー参加が20名である。参加者の国籍は、欧米各国、中国、韓国、台湾、インドなど17カ国に及んだ。9月3日午前に開会式と御牧克己京都大学名誉教授による講演が行われた後、同日午後から6日まで口頭発表が行われ、宗教、歴史、言語、文化人類学など多分野の発表が行われた。また、今回は初の試みとしてポスター報告が5日に開催された。7日は全体運営会議とエクスカーションが実施された。発表はいずれもレベルが高く、加えて参加者が若手主体ということもあり、国籍・分野の垣根を超えて率直かつ真摯に意見を交換することができた。また特筆すべきは日本人研究者の活躍で、我が国のチベット学の水準を示すことができたと思う。さらに学問的側面のみならず、懇親会やエクスカーションなどを通じて参加者相互は親密度を深めることができた。本会議で培われた国際的紐帯が、今後の国際的な研究協力の核となることは間違いないであろう。会議のさらなる詳細はホームページ(http://www.isyt.org/)を参照されたい。ホームページからは発表概要集もダウンロード可能である。さらに、2014年には会議の発表成果をまとめた論文集を神戸市外国語大学から出版する予定である。なお、この度の助成金は会場費、資料コピー代などに使わせていただいた。関係の先生方には、委員を代表して御礼申し上げます。

3.「唐宋期における令の性質についての基礎的研究」(申請者:吉永匡史)
   活動報告(『東方学会報』No.103)
 唐は律令制が最も高度に完成された時期であり、古代日本はこれを継受して独自に律令を撰定したことから、唐令研究は中国史・日本史双方の研究者によって進められてきた。そして1999年に中国寧波の天一閣で北宋天聖令の残本が発見され、唐宋令の研究は日本・中国・台湾で近年活発に進められている。本研究会では、天聖令を含めた唐宋期における令の性質について基礎的研究を行い、唐令復原研究および日唐宋令比較研究の新たな視点・手法の構築を目的とした。本研究会は2012年12月8日に開催し(於東方学会会議室、参加者7名)、吉永匡史「唐宋期の法制書に引用される「令」の性質」、武井紀子「倉庫の出納管理体制とカギ-天聖倉庫令宋24条の検討-」、西本哲也「唐厩牧令の条文排列の再検討-駅伝関連条文を中心に-」の3本の報告を行った。吉永報告は、『故唐律疏議』や『宋刑統』に引用される各種の「令」について、その性質や編纂年次、引用方法について篇目の枠を越えて考察を行った。さらに『唐令拾遺』の復原手法・姿勢を再考することで、唐令条文復原の新たな手法・視点を提示した。武井報告では、倉庫門のカギの管理について定める天聖倉庫令宋24条を取り上げ、唐倉庫令における倉庫自体のカギ管理規定の存否や、対応する日本令条文(復原8条)の内容について検討した。西本報告は、唐厩牧令の条文排列について、天聖令中の不行唐令の順序を生かしつつ、動物関連条文群と駅伝関係条文群という2つのまとまりとその論理構成を重視し、宋家鈺氏とは異なる排列案を提示した。 本研究会では、法制文献にみえる「令」の性格の基礎研究、唐令の条文排列の復原、唐宋令や対応する日本令の個別検討といった様々な観点から、日唐宋における「令」の性質を考察した。天聖令が発見・公表された新たな研究段階において、若手研究者が今後取り組むべき問題点や研究手法を多く提示・共有することができた。

4.「アジア世界における古代国家論再考」研究会報告 (申請者:楯身智志)
 本会は、一九八〇年前後生まれのアジア史を専攻する若手研究者が集い、特定のテーマをめぐって忌憚なく意見を述べ合う場として開催した。今回設定した「国家とは何か」という問題は、歴史学研究を推進していく上で避けては通れないテーマであるが、国家に対するイメージは研究対象とする時代・地域、あるいは利用する史料やその解釈如何に応じて、玉虫色に変化し得る。ならば、国家と社会を対峙させるような見方は本当に妥当なのか。また、若手研究者がそれぞれ国家に対していかなるイメージを抱いているのか、そのイメージを互いにぶつけ合ったとき、国家に対するイメージを共有し得るのか否か。こうした問題意識の下、本テーマを設定した。  研究会は二〇一三年三月九日(於早稲田大学)に開催し、二八名が参加した。楯身智志「古代国家権力論再考」では、上記のテーマ設定の背景について説明した。福永善隆「漢代における内朝の構造と展開―漢代官僚機構の特質と関連して―」では、前漢政治史に重要な役割を果たした内朝の形成が、「官府の重層的連合体」とも称される当時の官僚機構全体に与えた影響について分析した。齊藤茂雄「啓民可汗の生き残り戦略―隋・突厥君臣関係再考―」では、隋と東突厥の君臣関係について再検討し、両者が単純な支配・被支配ではなく、実際には共生関係とも呼び得る関係にあったことを論じた。武井紀子「日本古代地方支配における“官”と“私”」では、唐代律令制と日本古代律令制における「公」・「官」・「私」の概念の相異について分析し、日本古代における在地首長層を介した国家の人民支配のあり方を論じた。総合討論では、地域ごとの国家イメージの相異や、「国家とは何か」というテーマ設定の困難さなどについて、活発に議論することができた。 本会を通じて得られた知見は、今後、専攻を異にする若手研究者が共通のテーマの下で問題意識を共有していくための大きな糧になるものと期待される。

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〔平成23年度〕
1. 「昌黎会」(申請者: 好川聡)   活動報告(『東方学会報』 №.100)
 平成23年4月25日(月)と5月30日(月)に京都大学文学部で開催された「昌黎会」の活動報告をいたします。「昌黎会」は、韓愈の全詩訳注の刊行を目的とした研究会で、平成21年の3月に発足しました。京都大学の川合康三教授が中心となって毎月開催され、『韓昌黎詩繫年集釈』(上海古籍出版社)の編年順に読み進めています。執筆を担当する14名のうち、約半数を若手研究者が占めています。4月の研究会では、『繫年集釈』巻三終わりの「晩泊江口」(担当:川合康三、以下敬称略)、「龍移」(川合康三)、「永貞行」(二宮美那子)、「木芙蓉」(好川聡)、5月には巻四始めの「春雪(看雪乗清旦…)」(伊崎孝幸)、「春雪(片片駆鴻急…)」(鈴木達明)、「早春雪中聞鶯」(谷口高志)、「和帰工部送僧約」(緑川英樹)が検討され、活発な議論が交わされました。今回検討した詩は、韓愈が陽山への左遷を量移されて江陵へ赴く道中のものと、法曹参軍として江陵府に着任したときのものです。当時の韓愈の複雑な心情を反映してか、難解な表現も多く、担当者が解決しきれないまま提出した箇所も多々ありましたが、参加者全員で色々意見を出し合っているうちにおおむね解決することができました。逆に意見が出すぎてまとまらないこともありましたが、誰もが気兼ねなく意見を言い合える雰囲気がこの会の良さであり、今後も訳注の完成に向けて皆で頑張っていきたいと思います。この度の助成金は、若手研究者の旅費や、底本の世綵堂本を配付するためのコピー代などに使わせていただきました。 なお、これまでの成果は、原稿の修訂が終わり次第、順次研文出版より刊行される予定です(全五冊予定)。その際は是非御批正の程よろしくお願い申し上げます。

2.. 「中国北宋天聖令を用いた日唐律令制比較の基礎的研究」(申請者:武井紀子)
   活動報告 (『東方学会報』 №.101)
 中国北宋天聖令は、唐令に改訂を加えた北宋代の現行法令に加え、不行の唐令を附載しており、日唐律令制比較研究の新たな注目すべき史料として、1999年の発見以来、中国・台湾・日本でそれぞれ研究が進められ、日中で多くの関連シンポジウムが開催されるなど活発な学際的研究分野となっている。本研究会は、天聖令研究の意義や問題点の解明から、新たな日唐律令制比較研究の方法論を確立していくことを目指す。以上のような目的のもと、2回の研究会を実施した。 第1回研究会(2011年6月11日開催、於東方学会会議室、参加者6名)では、武井紀子「律令制と古代財政史」、吉永匡史「律令制と軍事制度研究」の二本の報告を行った。武井報告では、日本古代財政制度に関する研究史を整理するとともに、古代財政史における律令制研究の意義と問題点、天聖令研究の有用性を指摘した。また吉永報告では、公表された天聖令に含まれていない軍防令の復原について、日唐令の比較研究の新たな手法を提示した。 第2回研究会(2011年11月23日開催、於東方学会会議室、参加者9名)では、武井紀子「倉庫令条文の淵源について」、吉永匡史「天聖関市令と蒲津関」、大津透「袮軍墓誌と日本国号」の報告を行った。武井報告は、倉庫関連法令の淵源を中国法典編纂の歴史の中で考えた。吉永報告は、唐代蒲津関の検討を通じて天聖関市令から唐令の復原にせまった。大津報告は、近年中国で発掘された百済人袮軍墓誌にみえる「日本」という語の意味について検討を行った。本研究会は、天聖令そのものの史料的性格の検討にくわえ、天聖令を用いることによる様々な研究手法をさぐる事を目的とした。2回の研究会を通じて、唐令条文の復原作業、天聖令に含まれない篇目内容へのアプローチ、今までの研究史のなかでの律令研究の位置づけ、唐代の制度・実態の法的淵源への言及など多岐にわたる方法・問題点を提示できた。

3.  「若手中国史論壇―コミュニケーション・ヒストリーの試み」(申請者:柿沼陽平)
   活動報告(『東方学会報』 №.102)
 本会は、1980年生前後の若手を中心とする研究会で、若手が相互に研究を紹介し合い、忌憚なく意見を述べ合う場である。若手の相互理解を促進し、一定程度の学術交流網の構築に繋がるものと期待される。最終目的は、若手同士が今後共同研究を展開しうる余地があるか否か、あるとすればいかなるものかを模索することである。当面は、柿沼陽平『中国古代貨幣経済史研究』(汲古書院、2011)の提唱する、「人間社会は多種多様なコミュニケーションの上に成り立ち、時代ごと地域ごとに特徴をもつ。よって中国史研究でも各時代・各地域のコミュニケーション原理(貨幣経済・贈与交換・家族関係等々)と各原理間の相互関係を検討することが重要」との発想に基づく共同研究「コミュニケーション・ヒストリー」の可能性を模索する方向で進む予定である。  第1回研究会は、2012年3月4日(於東方学会)開催で、24名が参加した。柿沼「コミュニケーション・ヒストリーの試み―交換史観の理論的背景―」は題名の理論を説明した。会田大輔「 「梁主」から「島夷」へ―西魏・北周・隋における対南朝意識―」は、西魏・北周・隋の中華意識の変容過程を解明するため、諸史料に出てくる南朝表現を分析した。三田辰彦「東晋皇帝制度研究序説―皇位継承を中心に―」は、東晋皇帝制度研究を整理し、報告者の個別研究を紹介した上で、今後の考察課題として爵制原理・家族原理の整合化という問題を提示した。河上麻由子「古代アジア世界の対外交渉と僧侶」は、僧侶の往来を通じて国家の政治的意志が伝達されたと推測できる事例を、南北朝~唐代のアジアを対象として調査した。 吉永匡史「日唐征討軍の内部秩序と専決権」は日唐軍防令の比較検討を切り口にして、征討軍(行軍)編成と内部秩序のあり方を明らかにした。以上、活発かつ有意義な議論が行なわれ、研究細分化に対して共同研究を推進する重要性が確認できた。

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